環境負荷軽減優良事例調査
-沖縄県下の離島における放牧、地域資源を活用した循環型の肉用牛生産
元(独)家畜改良センター宮崎牧場長の池内氏に離島での循環型の肉用牛生産の調査に出かけていただきました。
- 採草、放牧を行い資源循環を行う3農場を調査。
- アグー豚も飼養する調査農場では、パイナップル粕を食べさせた豚の糞尿も牧草地で肥料利用し、牛の糞尿もパイナップル畑に還元。牛には泡盛の絞り粕、製糖工場からでる糖蜜などをした発酵飼料を給与し、泡盛粕についてはメタン排出を削減する飼料として特許を申請中。
- その他の調査農場でも堆肥の有効利用に加え、清掃や健康観察の徹底、牛群管理システムの導入、哺乳方法の見直しなど飼養管理改善の取組み。
- 離島であるがための割高な輸送費や資材費への対応などが課題。
環境負荷軽減優良事例調査-沖縄県下の離島における放牧、地域資源を活用した循環型の肉用牛生産
元(独)家畜改良センター宮崎牧場長
池内 豊
Ⅰ 石垣で採草放牧に加え養豚も行う農場
1.調査農場の概要
農場は、石垣島の南東部、石垣空港からほど近いところに位置しており、肉用牛と豚の生産を行っている牧場です。敷地は32ヘクタール(東京ドーム8個分)の広さがあり、牛舎3棟(繁殖牛舎、育成・肥育牛舎及び哺育牛舎)と豚舎1棟において黒毛和種の繁殖牛181頭、育成牛111頭、肥育牛81頭(令和7年3月現在)と豚を約500頭飼育しています。出荷頭数は、年間(令和6年4月~令和7年3月)に、子牛79頭、肥育44頭(経産肥育14頭を含む)の計123頭となっています。
採草地は17ヘクタールあり、暖地型イネ科牧草であるトランスバーラとローズグラスを生産しており、年に5回刈り取りを行っています。牧草地に撒く水は地下水を利用しており、ソーラーシステムの電源により地下水を汲み上げるポンプ3基を用いて、スプリンクラー22基から散水しています(写真1)。専用のアプリを用いて、天候などを見ながら散水する時間を指定できるようになっています。また、牧草地には豚の糞尿のたい肥をまいて資源の循環を図っています。
放牧地は10ヘクタールあり、牧草種はジャイアントスターグラスとシグナルグラスで、輪牧スタイルにより牧区を区切って順番に牛を放しています。
職員数は、現在養牛担当職員に限れば6人と事業規模に比べ多くありません。外国人従業員はいませんが、今後スリランカ人を3人雇用する予定で、うち2人が畜産に従事するとのことです。

写真1.ソーラー発電による散水システム
2.アグー豚を用いた「南ぬ豚」の販売
豚は沖縄県の在来種であるアグー豚を用いて生産しています。通常、豚はランドレース(L)、大ヨークシャー(W)、デュロック(D)の3種を交配した三元豚(LWD)ですが、調査農場ではデュロックの代わりにアグー豚(A)を交配したLWA豚であるアグー豚(F1種)を生産しています。エサで特徴的なのは石垣島のパイナップルの搾り粕を1日1頭当たり100g給与していることです。量的には多くありませんが腸活をしているようなイメージだそうです。こうして生産した豚肉を「南ぬ豚(ぱいぬ豚)」として販売しています。年間650頭を出荷していますが、石垣では豚のセリがないことから、自社でこの豚肉を用いてハンバーグを製品化して販売しており、6次産業化を実践しています。
「南ぬ豚」の肉質の特徴としてオレイン酸含量が多いことがあげられます。ロース肉では通常100gあたり7.1gであるのに対し「南ぬ豚」では14.6g、もも肉では通常100gあたり3.9gであるのに対し10.3gと2倍以上含まれています。
調査農場は、アグーブランド豚指定生産農場の認定を受けています。現在認定を受けている生産者は13戸で、離島ではこの農場のみとなっています。指定生産農場に認定されるためには、一頭一頭に耳標をつけてトレーサビリティを確保することなど様々な要件が課されています。
【アグーブランド豚指定生産農場 認定制度】
沖縄県アグーブランド豚推進協議会が行っている認定制度で認定された農場には認定書の交付を行っている。
- 養豚業経験年数が5年以上で、種豚飼養技術及び肉豚生産技術に優れている
- アグーブランド豚出荷目標300頭以上/年
- アグーブランド豚出荷実績300頭以上/年
など10項目の基準をクリアしたブランドが認定を受けることができる。
3.肉用牛の生産と焼酎粕によるメタンガス発生の抑制
肉用牛については、繁殖牛と子牛及び肥育牛を飼育しています。子牛については3か月哺育を行っており、毎日床の掃除を行うなど衛生面で気を使っています。生産される子牛の6割が子牛市場に出荷され、2割が自社での肥育に、残り2割が母牛に繰り上げられます。肥育用の配合飼料はJA配合飼料を用いていますが、この配合飼料の内の仕上期に給与する追込用の飼料に島内で製造されている泡盛の絞り粕、製糖工場から出る糖蜜、それに石垣島で生産される塩の商品とならなかったものを加えて発酵飼料に変え給与しています。泡盛粕は島内に2か所ある泡盛工場から供給されており、特にY酒造からは泡盛生産時に排出される泡盛粕をすべて受け入れ、一部をエサに用い、その他は牧草地に撒いています。また、泡盛粕を用いることで牛の呼気中に排出されるメタンガスを半分近くに削減することが確認されており、現在特許を申請中です。
メタンガスが削減される原理としては、通常ルーメン内で飼料が発酵してメタンガスが発生しますが、泡盛粕はもともと発酵しているのでそれ以上発酵が進まず、結果としてメタンガスの発生が削減されると考えているとのことです。また牛の糞尿のたい肥は自社のパイナップル農場で利用されています。
4.循環型農業の実践とE畜産
このように、調査農場では農産物であるパイナップルの搾り粕を豚のエサに用いて豚肉生産を行い、発生する糞尿をたい肥として牧草地に撒いて牧草生産を行い、さらに生産された牧草を飼料として肉用牛生産に給与し、牛から排出される糞尿をたい肥としてパイナップルの圃場に散布しパイナップル生産を行うという循環型農業を実践しています(図)。
調査農場ではこのような循環型の畜産をE畜産と称しています。E畜産のEとはEthical, Ecology, Economic, Emotional, Environmentを表しています。今後は上記の発酵飼料をJA石垣牛の飼育マニュアルに組み込むことができれば、牛・人・環境に良い未来につながると島田氏は考えています。そして、こうした環境配慮型の畜産が日本のスタンダードになることで、温暖化の抑制にもつながると考えています。

図.調査農場のの資源循環型農業の仕組み(農場のHPから)
Ⅱ 黒島で採草放牧を行う農場
1.調査農場の概要
竹富町黒島にある繁殖和牛生産者である農場の調査を行いました。石垣島の南西18㎞ほどにある黒島は、島の形がハートマークに似ていてことから「ハートランド」と呼ばれています。人口約200人に対し黒毛和種が約3,000頭飼育されている肉用牛の島です。島は隆起サンゴ礁で形成され、ほぼ平坦な土地からなり、島中に牧場が広がっています。
調査農場はその中でも中核的な牧場で、令和4年に鹿児島で行われた第12回全国和牛能力共進会の第2区(若雌の1)で沖縄県勢として史上初めて優等4席を獲得しました。
2.経営規模と飼養管理
施設は720㎡ある牛舎が1棟(写真2)で、他に放牧場2か所を所有しています。また、最近哺乳舎を事務所の横に増設しています。労働者数は本人に加え従業員2名を雇用しており、うち一人はインドネシア人です(経営者によると日本人以上に働くとのこと)。
飼養規模は令和7年3月時点で黒毛和種の繁殖牛110頭及び育成・子牛が80頭となっています。放牧場には50頭ほどが放牧されているそうです。年間5頭程度島内から導入し、出荷頭数は約80頭となっています。血統としては最近は福之姫を中心に導入しているとのことです。
採草地の広さは20haでギニアグラスを生産し、ラップサイレージにして給与しています。放牧地は3haで草種はジャイアントスターを用いています。
購入飼料は配合飼料の他、粗飼料では繁殖障害対策としてオーツヘイ及びプレミアムオーツを母牛に給与しています。敷料にはおが粉及びウッドペレットを用いています。
牛舎から出る糞尿は発酵たい肥として放牧場に散布しています。子牛については、以前は離乳まで3か月母牛につけていたそうですが、子牛の飼養環境改善のため、現在は初乳の後増設した哺乳舎に子牛を移動させ別飼いにして人工哺乳を行っています(写真3)。子牛の体調について毎日体温、便の状態、便の臭い、ミルクや残飼の量を記録(写真4)して管理を行っています。
今後の展望としては5年以内に母牛150頭規模とし、肥育にも取り組むことを検討しています。

写真2.調査農場牛舎

写真3.哺乳牛舎内部の様子

写真4.哺乳牛管理記録簿

写真5.牛舎に隣接した運動場(放牧場)
3.黒島(離島)での畜産の将来に対する懸念と見解
現在の課題としては、牛の輸送費の高騰があります。牛や飼料を輸送するためのトラックの費用も車検代、更新代、ガソリン代が高騰しており、運搬という土台そのものが崩れてきているとの印象を経営者は持っておられます。すでに従前より離島の子牛市場で購買された牛の運搬費用等に関しては、補助事業を通じ助成金を活用しながら対応を図っているが、すでに、これだけでは不十分な状況になりつつあるとのことです。最近では、購買者側からも、離島まで来て牛を調達する必要性が問われており、牛の販売価格も輸送費等のかかり増しの分安くなる傾向がさらに強くなってきているとのこと。こうした観点からも、今後は離島で生産される子牛の質の向上はもちろんのこと、離島まで購買に入っていただいている購買者を繋ぎとめる対応策として、現状措置いただいている補助事業等についても、近々の離島を取り巻く状況に即応できる購買者向けの輸送補助割合の見直し等も視野に入れた対応が検討できないかと考えておられます。現在の運搬助成費用は鹿児島までの運搬費用を基礎に計算されていますが、離島への運搬にかかる細かい部分まで対応できていないと感じておられ、配合飼料や輸入乾草は農協丸で運搬されていますが、例えばチモシーが内地で70円/㎏とすると黒島では120円/㎏、配合飼料も100円/㎏はかかるので、内地とは条件が全く異なっていることに加え、海に囲まれていることから塩害による機械等の損耗も激しく、ガソリン代も200円から220円かかり、離島での肉用牛生産のメリットが縮小し、デメリットが大きくなってきていると感じているそうです。
このように、経営者は黒島などの離島における畜産の将来に大きな懸念があるなか、現在は黒島肉用牛生産組合の組合長としてリーダーシップを取りながら、定期的にJA担当職員や島内和牛生産者と課題等の認識の共有を行い、今後も黒島での和牛生産振興のため邁進していきたいと希望を持っておられます。
Ⅲ 石垣で放牧採草を行う農場
1.調査農場の概要
農場は石垣島北東部に突き出た平久保半島にある、繁殖・肥育を行っている黒毛和種の肉用牛農家です。
牛舎は母牛舎3棟と育成牛舎1棟があり、飼養頭数としては繁殖牛が190頭、育成・子牛が122頭、肥育牛が7頭となっています。
これらの牛の多くは会社名義の牛ですが、ユニークなのは一部の牛を家族名義にされています。繁殖牛では190頭中37頭を、育成・子牛では122頭中17頭をご自分の長男、長女あるいは妹名義とされています。例えば子牛を売ると売り上げから子牛の飼養にかかる飼料代等の経費を差し引いて、名義本人に半分を渡し、残り半分は会社に入れてもらうという仕組みです。このことにより、従業員のモチベーションを上げることに繋げているそうです。経営形態は、経営者と奥様にこれら3名の計5名の家族経営となっていますが、さらに従業員として事務1名と土日祝祭日だけのパート1名を雇用しています。
2.飼養管理形態
出荷や導入頭数は、令和6年3月から令和7年2月までの一年間で出荷158頭、導入6頭で、うち家族名義は出荷30頭、導入4頭となっています。使用する精液は家畜改良事業団の種雄牛及びT人工授精所から百合茂系統を導入して使っています。多宇氏本人と長男が人工授精を行っています。
また、繁殖雌牛は以下の3グループに分けて管理しています。
①種付けグループ | 牛舎内で飼養して種付けを実施しているグループ。 発情発見はファームノートを利用していますが、ご自身でも発情監視を行っています。 |
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②放牧グループ | 受精後獣医師の超音波による受胎確認を実施し、妊娠が確認できた牛は放牧に出しています。 放牧後は基本的に牧草だけで飼養しています。 |
③分娩前グループ | 分娩1.5~2か月前に牛舎に戻して増し飼いをしているグループ。 配合飼料を一頭当たり1.5~2㎏/回給与しています。 |
3.粗飼料自給率100%
粗飼料は採草地でとれるローズグラスとトランスバーラを利用し、刈り取り後少し乾燥させてからロールにしています。年間5回刈り取りを行っており、10a当たり2個から3個のロールを生産しています。これにより粗飼料については100%自給しています。ロールはカビの発生を防ぐため、ラップを4回巻きしています。刈り取りごとに化成肥料を10a当たり2袋追肥しています。肥料代も以前は一袋1,600円程度でしたが、現在2,600円ほどするので、粗飼料生産のための経費は増加しているとのことです。採草地は23.5haありますが、うち11haは借地となっています。ロールについては、以前他の牧場からの要望もあって販売を行っていましたが、今はどの牧場も頭数を減らしているようで、そんな話も出なくなってしまったとのことです。
一方放牧に使われている草地は23.5haあり、うち6.5haは石垣市からの借地ですが、現在は牛を引き上げて、スタンチョンと水飲み場の整備を行っているとのことです。放牧地には自場で発生する糞尿を撒いています。完熟たい肥を撒きたいが、なかなか難しい面があるとのことです。放牧地で利用している草種はジャイアントスターですが、草の勢力がすごいとおっしゃっていました。
配合飼料としてオールインワンの「青春時代」、日本農産のニューグロアバルギー及びマザーペレットを購入しています。また、敷料としては購入ウッドペット及び自家乾燥草を用いています。
4.今後の事業展望
牛舎は昭和56年に畜産基地整備事業で建てたもの(写真6)ですが、その後ご自身で増築しています。今後は事業により新しい牛舎を建てたいと考えておられます。
構想としては、47m×18mの牛舎を増設し、育成牛や分娩牛を入れる予定です。現在の肉用牛情勢を鑑みると、肥育牛を増頭するよりも輸入粗飼料を使わず自家牧草を適期に刈り取ったり、放牧地を有効利用するなどにより経費の削減を行うとともに、分娩事故を減らし、一年一産を確保することが堅実な経営につながると考えておられます。
また、これまで子牛は全頭人工哺乳を行っていましたが、一部は親付けや追加哺乳に移行することで、ミルク代の節約と早期親子離乳によるストレスを軽減する対策も実施しているところです。
肥育牛については、以前60頭ほど飼っていましたが、牛肉価格の問題もあり不安定な状態なため、7頭まで減らしているとのことです。

写真6.調査農場の繁殖牛舎外観等
5.農家レストランの構想
今後の事業拡大として農家レストランを考えておられます。老廃牛を出荷しても12~3万円程度にしかならないことから、レストランで提供した方が収入になると考え、牧場横の放牧地にレストランを建てたいと考えているとのことです(写真7)。これは10年以上温めてきた構想で、昨年から3~4回検討を重ねてこられ、2年以内に始めたいと考えています。レストランは現在焼肉チェーン店で勤務している次男が主体となって経営を行うこととしています。

写真7.牛舎越しに見える牧草地が農家レストラン建設の予定地

写真8.放牧場と放牧中の繁殖雌牛
6.現在抱えている問題点と対応策
現在抱えている問題点には、牧草を巻くラップの処理があります。単に焼却するとダイオキシンの発生など大気汚染の原因となることから、産業廃棄物としての取り扱いになり、処理代がかなりの負担になっています。このことからストマチリメーサという焼却機をクラスター事業で導入できないかと考えておられます。購入するとかなりの額になり、また燃料に石油を使うため多くの資金を要しますが、数軒の農家が共同で利用すれば費用を抑えられると考えています。
加えて調査に同行したJAおきなわの担当者によると、死亡牛の処理も大きな問題になっているとのこと。以前はBSE検査の関係で48か月以上の死亡牛は地元の家畜衛生保健所で焼却されていたが、BSE検査がなくなってからは家畜衛生保健所では焼却されなくなり、八重山食肉センターの冷凍庫に保管されているとのことです。化製場が石垣島島内にないことから島外の化製場に搬出して処理をすることが必要ですが、搬出することができずに滞っている状態が続いています。食肉センターの冷凍庫には、本来と畜した際に発生する内臓系の副産物が保管されることになっていますが、入れられない状態が続いており、早急に対策を打ち出さないと今後大きな問題となるとのことでした。