生産地の取組み

持続的肉用牛生産関連優良事例調査
-北さつま農業協同組合における牛伝染性リンパ腫対策の事例

牛伝染性リンパ腫ウイルスの感染によって引き起こされる地方病性牛伝染性リンパ腫(EBL)は、国内での発生頭数が年々増加しており、牛の届出伝染病の中では最も多くなっています。

麻布大学 獣医学部の村上先生に、牛伝染性リンパ腫対策の先進的な取組みとして、北さつま牛伝染性リンパ腫対策基金(補償対策)や管内清浄化にむけた検査体制(まん延防止対策)を実施している鹿児島県の北さつま農業協同組合に出かけていただきました。


ポイント
  • 血液を介し伝播する病気で、感染経路は多様で感染制御は困難であることが多い。
  • 感染牛の一部のみは長期の潜伏期を経て発症するが、症状のないものでも繁殖成績の低下などがみられる。
  • 国内での浸潤率は高く、農林水産省のガイドラインに沿って地域で一体となって取り組む必要。
  • JA北さつまでは、検査料の助成も行い分離飼育、自主淘汰等を行う際の重要な情報となる遺伝子検査や感染の広がりをみるための抗体検査を推進。一方で、子牛市場購買者の安心確保のため購買牛が発症した場合の見舞金制度も整備。
  • 本病の清浄化は長期の取組みが必要となるため、研究面でもウイルスの多様性を究明し、農場の実情に合わせた効果的な対策を確立していく必要。


牛伝染性リンパ腫


麻布大学 獣医学部 獣医学科 村上裕信

1.牛伝染性リンパ腫とは

図1.牛伝染性リンパ腫(BL)の分類


牛伝染性リンパ腫(BL)は牛の血液中の細胞ががん化することによって引き起こされる疾病である。このBLは散発性(SBL)と地方病性(EBL)の2種に分けられるが、SBLは稀で、その殆どがEBLである。SBLは自然発生型のがんである一方で、EBLはウイルスによって引き起こされる感染症である (図1) 。EBLを引き起こすウイルスは牛伝染性リンパ腫ウイルス(BLV)と呼ばれ、近縁のウイルスには、ヒトにエイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)がある。BLVはHIVと近縁であることから、その性質も類似しており、一度感染が成立すると、現在の科学技術では根治すること(体内からウイルスを排除すること)は不可能なウイルスである。また、その感染経路もHIVと類似している点は、血液を介した感染であることである。そのため、インフルエンザのように飛沫を介した感染でないため、感染が瞬く間に農場に広がることは稀であるが、HIVとは異なり子宮内感染や媒介昆虫(アブ)による感染経路もあることから感染はHIVよりも多様であるため、その感染制御は困難であることが多い。また、HIVと同様にBLVは感染してすぐに病気を発症するのではなく、一般的には長期間(5~8年)の潜伏期間を経て発症する。さらに、BLVの場合は感染牛全てが発症するのではなく、約70%のBLV感染牛は血液中の細胞の異常を伴わない無症候性キャリアー、約30%の感染牛は正常なリンパ球(白血球の一種)の増殖を示す持続性リンパ球増多症(PL)に分類され、大半の感染牛は明瞭な症状を示さない(図2)。したがって、EBLを発症するBLV感染牛は数%であるが、EBLを発症すると必ず死の転機をたどるだけでなく、その予防や治療法もない。このように、EBLを発症することによってBLV感染による経済損失が可視化されることになるが、無症候性キャリアーやPL発症牛といった明瞭な症状を示さない牛においては、繁殖成績や乳生産成績の低下を起こすことから、BLV感染による被害は畜産業において非常に大きい。そのため、BLは家畜伝染病予防法の監視伝染病に1998年に指定され、BL(その多くはEBL)の発生件数の把握がなされている。


図2.BLV感染牛の病態


2.BLVの感染状況

BLV感染率の国内の全国調査は過去に2回行われており、最初の1980~1982年の調査では、乳用牛が4%、肉用牛が6~7%の感染率であった。それに対して、2009~2011年の調査では乳用牛40.9%、肉用牛28.7%と国内の感染は確実に上昇していることが明らかになった。2009~2011年の調査において、農場のBLV浸潤率は酪農場で約80%、肉用繁殖農場で70%と極めて高い値であり、BLVの国内の汚染状況が深刻であることが浮き彫りになった。この高い感染率を反映するように、国内のBLの発生件数は監視伝染病に指定された1998年から年々増加しており、その増加に歯止めをかけられていないのが現状である(図3) 。そのためには、BLVの効率的な感染制御対策の実施が望まれるが、世界的にBLVの感染制御に成功した国や地域は多くない。

感染制御が成功したヨーロッパでは、国家事業としてBLV対策が行われており、その方法としてはBLV感染牛を検査で明らかにして、淘汰することでBLVを国内や地域から排除することに成功している。しかし、国内から排除に成功したフィンランドではBLV感染率が最高で0.03%であり、日本を含めた多くの国々の感染率と比べて非常に低い状態であった。そのため、日本を含めた多くの汚染国ではヨーロッパの国々のような対策を同じように実施すると、国内の牛の数十%以上の牛を淘汰しなければならず、現実的な対策ではないため、日本のような高汚染地域で有効な対策立案が望まれている。

図3.BL発生の推移


3.国内での感染制御の取組み

国内のBLV感染による被害が拡大する中で、農林水産省は牛伝染性リンパ腫(策定当時は牛白血病)に関する衛生対策ガイドラインを平成27年4月に策定し、本病への衛生対策に当たっては、家畜の飼養者、家畜保健衛生所の職員、獣医師、家畜人工授精師、関係機関等が一体となって取組むことが基本とされている。また、地域や一部団体によって独自のBL対策を行っており、そのような特定の地域等の取組みが成功することにより、それら取組みが全国へ波及することが期待される。今回は著者が調査を行った鹿児島県の北さつま農業協同組合(JA北さつま)について紹介する。


4.JA北さつまの概況

北さつま農業協同組合(JA北さつま)は、平成22年3月1日に鹿児島県北部の川内川流域に位置する薩摩川内市、伊佐市、さつま町の2市1町をエリアとする広域合併により誕生したJAで、鹿児島県内で最も冷涼な地域で、県内有数のお米の産地として知られている(図4)。

管内にある薩摩中央家畜市場は、令和2年度から全国子牛市場平均取引価格ランキングで2年連続全国2位になるなど肉用牛生産も盛んな地域である。

また、令和3年10月21日には関係団体組織が連携して「薩摩のさつまブランド推進協議会」が発足し、日本一早い早掘りタケノコとして地域ブランドである「さつまのたけのこ」、九州一の南高梅の産地としての商標登録された「薩摩西郷梅」があり、その他にきんかん、トマトやマンゴーなど当地域の厳選した農畜産物をオリジナルブランドとして「薩摩のさつま」に認定し、旬の味覚を全国に発信している。


図4.JA北さつま管内(緑色地域)


(1)地域清浄化対策(検査料の助成)

JA北さつまでは、BLV感染牛の血液中のウイルスコピー数(プロウイルス量:PVL)が高いと感染拡大リスクが高まるという知見をもとに、遺伝子(PCR)検査を強力に推進している。しかし、検査料は農家への負担が大きいことから、段階的に検査料を負担することにより、令和4年からは検査料の95.45%を負担し、検査体制を整えている。このことにより、高リスク牛の特定は、分離飼育、自主淘汰の推進、子牛の自家保留の判断等の防疫強化対策を実施するにあたり重要な情報となる。また、BLV陰性牛については、経時的に陰性であるかをモニタリングする必要があるため、抗体検査を実施することにより、感染が広がっているかどうかを確認している。この抗体検査法についてはどちらもJA北さつまによる補助を導入することにより、農家への負担軽減を目指している。


(2)購買者対策(市場見舞金制度)

BLVに感染した牛の多くは無症状で、発症するまでの期間が長く、有効なワクチンや治療方法はない。発症するのは年齢の進んだ乳用牛や肉用牛の繁殖雌牛に発症例が多いが、近年は若齢牛での発生報告が増えてきており、一度感染した牛は生涯ウイルスを保有して感染源となる。

肥育農家にとって大きな損失となる死亡事故やと畜場での枝肉全廃棄と診断される頭数が増えることによって、風評被害に伴う市場の価格低下や購買者の市場離れが懸念される。鹿児島県内では、県内全市場共通で売買牛の事故見舞金制度を創設し、アフターフォローのある家畜市場として魅力ある市場運営が行われている。


5.今後の課題と新たな取組み

BLVは慢性感染症であるため、感染してすぐに症状が現れないため、対策の実施による効果を実感しにくい疾病である。また、家畜伝染病予防法の届出伝染病に指定されているが、検査の義務は無いため、検査を積極的に行う農家とそうでない農家に別れているのが実情である。そのため、JA北さつまのような取組みを行うことにより、地域でのBLV汚染状況を明確にすることにより、積極的にBLV対策を行うことは重要である。しかし、BLV対策は農林水産省のガイドライン策定後も全国均一の対策を取ることが現実的に難しいのが実情であるため、地域に則したBLV対策を実施する必要がある。現在、鹿児島県ではJA北さつまによる取組みが先行して行われており、北さつまのBLV感染状況を明らかにすることができているため、ガイドラインやその他の新たな取組みを取り入れて、BLV感染率の低下、それに続くEBL発生の低下へと繋げていく必要があると考えられる。

BLV対策は、感染率を把握して、その後に農場に適合した感染症対策を実施していくことが必要となるが、BLVは感染すると終生体内から排除できない疾病であることや、感染してすぐに発症しないため、感染制御が非常に難しいだけでなく、長期のBLV対策による効果が実感しにくいため、効率的・効果的なBLV対策の推進が望まれている。現在、筆者らは、BLVの感染率が非常に高いことが判明した農場のように、現行の対策が難しい農場でも対応できる対策を推進しているため、JA北さつまのように感染率の把握ができた地域での感染制御のひとつの新たな取組みとして紹介する。

これまでに、BLVゲノムの変異頻度が低いため、そのわずかなBLVゲノムの遺伝的多様性が伝播性や病原性にどのような影響をもたらすかという研究は宿主因子に関する研究と比較して非常に少なかった。しかし、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)をはじめとして、わずかな変異がウイルスの感染力や病原性を劇的に変化させることは多い。そのことから筆者のBLVの変異が伝播性や病原性にどのような影響をもたらしているか解析を行った結果、わずかな変異がウイルスの伝播性や病原性に影響をもたらし、ウイルス性状を大きく変化させることがわかってきた(図5)。上記の研究結果及びウイルスの病原性に関する解析により、BLVには高い伝播性や病原性を有する高伝播性や強毒株が存在することが考えられた。さらに、それらの株には固有の変異や宿主反応があることもわかっており、それらがBLVの伝播拡大およびEBL発症を予測するためのバイオマーカーとして応用可能と考えられる。これらマーカーを応用した検査を行うことにより、感染拡大前やEBL発症前にそれらに寄与するウイルス株を農場から排除可能となる。また、感染ウイルス伝播性および病原性を評価できることにより、感染拡大阻止を最優先させる場合でも、発症率低下を最優先させる場合でも対応可能である。したがって、極めて感染率が高い農場のように対策が困難と考えられてきた農場など、様々な条件の異なる農場に柔軟な対応が可能となる(図6)。これらのことから、現在の鹿児島での先進的な取組みの後に、その地域・農場に適した上述のようなBLV対策を取り入れて、被害を軽減できるものと考えられる。


図5.BLVのウイルス株分類


図6.農場に適したBLV対策