肉用牛経営における有機飼料 ・畜産物生産の取り組み(調査報告)
北十勝ファーム有限会社の上田金穂代表取締役に、北十勝ファーム(有)での有機JASの取組についてお話を伺いました。
1.北十勝ファーム(有)の経営概況
北十勝ファーム(有)は、北海道の足寄町にある肉用牛牧場で、昭和34年の畜産経営開始当初は酪農経営としてスタートしましたが、その後肉用牛経営に移行し、平成17年に現在の北十勝ファーム(有)を設立し、日本短角種の一貫経営を開始しました。
経営規模としては、牧場面積は約300haで、事務所のある足寄本場(78ha)のほか、釧路市の音別農場(220ha)で飼料の生産と放牧(6月~11月)を実施しており、そのうち有機飼料の生産面積は190haとなっています。
飼養頭数は約600頭で、99%が日本短角種、ほかシャロレー種やシャロレー種と黒毛和種の交雑を飼養しています。
種雄牛は、当初は家畜改良センター奥羽牧場や、岩手で検定落ちとなったものを導入していましたが、現在は自家生産となっています。
また、肥育部門は「(株)上田農場」、コープデリとの提携業務は「(株)はなゆき農場」とグループ会社化を行っています。
従業員は家族も含め5名。労働力に限りがあるため、デントコーンの収穫などはコントラクターに依頼しているとのことです。
北十勝ファーム有限会社の外観
2.有機飼料・畜産物の生産の取組に至った経緯
以前よりアニマルウェルフェアや環境に配慮した飼養管理を推進していたとのことですが、本格的な取り組みは、平成11年に、取引のあった「らでぃっしゅぼーや」から有機農畜産物の販売についての声掛けがあり、取組をスタート。
有機畜産の勉強のためEUへの視察などを続けながらも、ハードルが高く有機畜産の具体的な取組は2~3年で終了しましたが、「らでぃっしゅぼーや」独自の飼料や生産管理の基準に則り、有機畜産に向けての努力や取引は続けてきました。
その後、北海道オーガニックビーフ振興協議会※の活動に参加する中で、協議会会員であるコープデリ生活協同組合連合会が有機JASの認証を受けた畜産物等を通じて持続可能な畜産業の支援を進めようとしていたことから、両者間で「有機JAS認証牛の生産を支援するための素牛生産預託に関する覚書」を令和2年5月に締結し、改めて有機畜産物の生産の取組をスタートすることになったとのことです。(仕組みとしては、コープデリ連合会が北十勝ファームで生まれた子牛を買い取り、子牛の育成を北十勝ファームに預託し、預託料を毎月支払うことで有機JAS認証牛の生産を支援するもの)
※北海道オーガニックビーフ振興協議会
北海道の日本短角種・アンガス種等の生産者が有機畜産物JAS認定を取得することをサポートし、オーガニックビーフの生産、マーケットの拡大を図り、赤身牛肉の価値を高めていくことを事業の柱に平成28年に設立
北十勝ファームとコープデリ生活協同組合
連合会の覚書
コープデリのチラシ
3.有機JAS認証の取得
北十勝ファーム(有)では、令和3年9月に有機JAS※の認証を取得しています。(認証機関は(株)エコデザイン認証センター)
※有機JAS
農畜産業に由来する環境への負荷を軽減(有機畜産物にあっては、有機農産物等の給与、過剰な動物医薬品等の使用制限、動物福祉への配慮等により飼養)した持続可能な生産方式の基準
有機畜産物のJAS申請においては、飼料の生産ほ場の生産行程管理も添付して認証を取得するため、飼料を自牧場で利用するのであれば有機飼料の認証を別途取得する必要はありません。(飼料を販売する場合は有機飼料の認証が必要)
牧場での認証取得には、審査に係る費用(審査料、審査員旅費等)のほか、場内に認証機関が指定する講習会を受講した生産行程管理責任者を配置する必要があることから、職員の講習会受講費用、書類作成費用などその他諸々を含めると100万円ほど掛かっているとのことでした。(但し、認証に係る費用は牧場の立地条件(認証機関からの距離・交通手段)や規模(審査員の人数)、審査に要した日数(再審査)等により異なります。)
採草放牧地については放牧前3年間遺伝子組み換え飼料の作付けや使用禁止資材の使用等がないこと、飼養牛については12カ月間又は生存期間の3/4のいずれか長い期間以上有機飼養しなければならないため、その期間の管理記録も必要となります。
北十勝ファーム(有)では、ほ場の書類作成にあたり、一筆毎詳しく整理しましたが、認証機関からそこまで細かく整理しなくても良いと言われたとのことです。
畜舎についても有機畜産物の生産方法の基準に合致(十分な面積(5㎡/頭)、明るさ、温度、清掃状況等)する必要があり、有機JAS認証現地確認時にチェックされます。
有機JAS認証申請のために用意した書類
申請の前々年度のほ場の栽培管理記録簿
飼料の生産ほ場の生産行程管理
4.有機飼料・畜産物の生産
北十勝ファーム(有)では永年生牧草とデントコーンを有機飼料として生産しています。
有機飼料を生産するための種子は、種子メーカーに問い合わせて調達し、遺伝子組換えでない証明をもらい、認証機関で承認してもらっています。
取組当初は消毒されていた種子を購入してしまい、有機飼料として使えなくなったこともあったようですが、今は事前に種子メーカーと確認を行うことでそのような問題はなくなったとのことです。
有機飼料の調達が困難なことが認められる場合は、給与できるまでの期間に限り遺伝子組み換えや抗生物質等を含んだ飼料でなければ有機畜産用飼料でなくても給与できるようです。(「有機畜産物の農林規格」によるとその割合は乾物重量換算で15%まで、災害又は輸入若しくは輸送経路が途絶した場合は50%まで給与できるとされています。)
無農薬だと雑草が多くなるため、その対応策として、北十勝ファーム(有)では自動操舵の作業機を導入する予定です。(デントコーンでは幼苗のうちにカルチベーターを5回程度かけるのが理想だが、人員不足もあり対応できないためとのことです。)
有機認証に基づき生産された牛の枝肉単価は、有機JAS認証牛の生産の覚書を交わしたコープデリとは、これまで通常の枝肉に比べ2割ほど高くなる予定とのことです。(対象牛の出荷はこれからで、出荷時体重にもよるため最終収益は未定)
デントコーンが作付けされているほ場の様子
(今年は1回しか除草できず雑草が多くなってしまったとのこと)
有機JAS認証を受けた畜舎で肥育中の日本短角種。右は上田代表取締役
放牧地の様子。日本短角種に混ざりシャロレー種の姿も。
(注:放牧地は有機ほ場ですが、写真の牛は非有機の牛です)
5.上田代表からのコメント
有機畜産を広げるには消費者の認識、理解が必要。コープのアンケートでは、国産牛肉に求めるものはオーガニックというよりも安全性を求めている感じ。
北海道枝肉共励会では今後有機部門を設ける意向で今後の動向に期待している。
有機畜産の取組は制約が多く、理解しないでスタートすると生産頭数を増やせないなど、当初の計画と狂うので、取り組む前に制度をしっかりと理解する必要がある。
有機の取組は飼料代が高くなるイメージだが、生産基盤があれば飼料代は高くならない。但し、カロリーベースでの給与量が低くなるため、牛が大きくならないので留意が必要。
飼養する牛も有機の取組に向いた牛が必要。日本短角種、アンガス種、シャロレー種が粗飼料主体の生産に向いており、今後は赤身嗜好需要が期待されることからもニーズがある。
とのことでした。
引き続き新たな情報があれば更新してまいります。